talulah gosh's blog

リハビリがてらの備忘録(昔のブログは http://d.hatena.ne.jp/theklf/ )

2021/8/15(日)終戦の日と『きれはし』

終戦の日。私は残念ながら祖父母から直接戦争について聞くことはできなかったけど、その子どもたちである父に与えた影響や母からの話を通じて知った。母方の祖父は復員後、戦地での経験のせいでしばらくの間人が変わったようだったと聞いた(今で言うPTSDがあったのだと思う)。父方の祖父はフィリピンのルソン島で戦死した。終戦の年に生まれた父は祖父とは会ったことがなく、祖母も早くに亡くなり、中学生の頃に姉たちが嫁いでからは一人で暮らしていた。その後、自立のために早く働き始めた。
私は復員できた人、できなかった人、その両方の家族のその後を少しだけだけど知っている。どちらにしろ、戦争は市井の人々に辛い記憶や苦労しか残さなかった。だからこそ、今を戦前にしてはならない。今はいつまでも戦後でなければならない。終戦の日は祖父のことを思い、自分の信念を意識し直す日でもある。
ヒコロヒー『きれはし』を読み終えた。ちょっとずつ読んでいたので時間がかかってしまった。noteの記事に書き下ろしが追加されて一冊になったもので、買った時にも書いたけど、やっぱり活字になるとまた違う趣がある。
ヒコロヒーさんはフェミニズムや恋愛話のように女性の在り方に関することや感情に関わる分野の文章を評価されることが多いけど、私はそれ以上に静かに、時にだらだらと綴られるなんでもない日常を描いた文章が特に好きだ。私自身はずっと読みやすさや話者の言葉が間違いなく届くことを優先して仕事で文章を書いてきた。だから、言い回しや語尾やリズムのような個性を余すところなく出しながらもなんでもない日常を描ける人を尊敬する。ヒコロヒーさんの文章にはそういう思いを持っていたから、その個性を壊さないようにした上で丁寧に(編集者と本人の)手が加えられた活字で、書籍でまた読めることがとてもうれしい。
畑違いの空間すら楽しめる中堅芸人としての地肩の強さがわかる「岐阜営業」や自らの話し言葉との向き合い方を記した「方言」、夏についてひたすら文句を言う「サマージャム」、解散した後輩への餞の言葉を綴った「彼女たちについて」など、階段を上り始める前、凪の中での感情の動きを繋ぎ合わせた文章は静かだけと全部の感情が詰まっている。前に笑ったところでまた笑ったし、いいなあと思った所でいいなあと嬉しくなったし、切なくもなればしみじみもした。そして最後にはヒコロヒーさんのネタっぽい! とちゃんと思った。
書き下ろしのパートもよかった。凪だった海にビッグウェーブが来て、準備万端のプロサーファーでも若干足を取られそうになったであろうくらいの環境の変化の様子がよく見て取れた。その中では、変化した状況と小さな楽しさを描いた「香水」が一番好きだった。どこだかに書いてらした香水がテーマの文章も好きだったけど、あれは彼氏のために香りを選んでつけるという話だった。でもここでの香水は、ヒコロヒーさん自身が自分の力で自分へのご褒美として自分のために買ったもの。少し名前を知ってもらえるようになった証にと香水を買いに行く、そんな話を聞いて愛おしく感じない女性(もちろん男性も)はいないんじゃないだろうか。ネタはラスタ池袋で見た「海外ボランティア」の時からずっと面白い。文章は面白さの中に静かさと愛おしさがあってとてもよい。書籍にはWebにはない強度と信頼がある。多分、Webにあった時以上によりよく人に届き、より長く人の側に置かれる存在になると思う。そんなことを再確認できた一冊だった。
ただ書籍になったタイミングでnoteの文章がごっそりなくなったことだけが少しさみしい。前後に少しだけ書いてあった、読者に向けたメッセージもなんとなく好きだったから。
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